少し前になってしまいましたが、10月31日の土曜日はハロウィンでした。ニュージーランドでは一般的にハロウィンはあまり大きく祝われませんが、子供達の多くは仮装を楽しみます。フィティアンガの私の自宅から数軒先の隣人は、家中をハロウィン・ハウスに飾り立て、朝から町中の子供たちに家を開放しました。
その日は朝から快晴で、風もなく、絶好のハロウィン日和(ニュージーランドは春です)。普段はわりと静かな表通りを色とりどりに着飾った子供たちがゾロゾロとその家に向かって歩いていました。続きを読む
少し前になってしまいましたが、10月31日の土曜日はハロウィンでした。ニュージーランドでは一般的にハロウィンはあまり大きく祝われませんが、子供達の多くは仮装を楽しみます。フィティアンガの私の自宅から数軒先の隣人は、家中をハロウィン・ハウスに飾り立て、朝から町中の子供たちに家を開放しました。
その日は朝から快晴で、風もなく、絶好のハロウィン日和(ニュージーランドは春です)。普段はわりと静かな表通りを色とりどりに着飾った子供たちがゾロゾロとその家に向かって歩いていました。続きを読む
これは去年エバコナの高校準備コースを修了し、今年から現地の公立高校Thames High Schoolに進学したY君 のお話です。
今年の3月のある週末、Y君はホストファミリーとコロマンデルタウンを訪ねました(フィテャインガから車で45分ほど北上した町)。その時、ホストファミリーと一緒にシュノーケルをつけて海に潜ったのだそうです。
海底に転がっているウニを取ろうと探していると、ウニサイズの丸い石が海底に沈んでいるのを見つけ拾い上げました。水から上がって石をよく見ると、そこにはメッセージが書いてありました。続きを読む
毎年、冬のこの時期にエバコナでは、学校に登録してくださっているホームステイファミリーの皆さんに声をかけて、「ホームステイの夕べ」を催しています。 ティーやコーヒーと 軽いフィンガーフードをつまみながらホームステイ同士の友好を図り、文化・習慣の違いを超えて学生と良い関係を築くためのアイディアなど情報交換の場でもあります。留学生・ファミリー双方にとってよりよいホームステイ環境を実現するために毎年必ず、フィテャインガ、テームズそれぞれのキャンパスで行っています。
ここでは私の方からは、日本とニュージーランドの生活習慣の違いや教育制度の違いなど、数々の例を交えてお話しします。続きを読む
今、こちらは冬の真っ盛り。温暖なフィティアンガでは昼間は14度ぐらいですが、夜は4度ぐらいになり、毎晩、薪ストーブは欠かせません。
その寒い冬の夜にみんなで鍋をしようと、昨夜は久々に娘(AKO)と孫二人、そして息子(TADDY)夫婦が我が家に集まりました。娘が鶏肉とリークねぎを持ってきてくれたので鳥の水炊きをすることになり、息子夫婦がオークランドの中国マーケットで買ってきた貴重な豆腐と日本から持ってきた珍しい乾燥マイタケを、私が豚の挽肉で作った和風肉団子といただき物の甲州のホウトウうどんをだして、みんなで鍋を囲みました。続きを読む
先週、久々に休暇をとって夫と共に愛犬ベンジーを連れて北島の上の方にある、パイヒア(Paihia)というところに行ってきました。
パイヒアは海辺に面した夏の人気リゾート地ですが、対岸にはニュージーランド最初の首都だったラッセル(Russel)という小さな町があり、また1840年 に先住民族マオリ族とイギリス王権の間で結んだワイタンギ条約の地Waitangiからも車で5分という、まさにニュージーランドの歴史の発祥地です。続きを読む
こんにちは、カース敦子です。
今回は先月、母・マクリーンえり子の家で行われた月例の集まりで話し合ったことについて書きたいと思います。
その日私たちは 「家族、親子、夫婦」 というトピックについて話し合いをしました。 家族とは誰にとっても一番身近な存在で、自分の人生にとても大きな影響を与えるものだと思います。しかしそれと同時に家族が自分に一番近い存在であるからこそ、時に互いに傷つけあう存在にもなりえるのではないでしょうか。続きを読む
こんにちは、エバコナのカース敦子です。今日は私の娘を通して経験したニュージーランドの教育についてお話をしたいと思います。
私の娘は先日6歳になりました。こちらでは5歳のお誕生日から小学校がはじまるので、娘は今年小学2年生です(学校は2月スタートです)。今になっては随分おしゃべりもできるようになってきましたが、娘はもともと言葉の発達が遅く、私は彼女が2-3歳 の頃から他の子供達と少し違うという事に気が付きはじめました。はじめはバイリンガルだから、と思っていたのですが、他のバイリンガルの子供がある程度大人の言葉を理解し、カタコトでお話ができるようになっても、私の娘は言葉の理解がなかなかできず、いつまでも限られた単語、そしてその単語一つずつだけでの会話しかできませんでした。続きを読む
朝晩が涼しくなりの初秋を感じさせるこの頃ですが、夏の終わりから秋にかけて海釣りには最高のシーズンがやってきました。 毎年、この季節にはライオンズクラブ主催の銛釣りコンテストがあります。そしてコンテストに出された魚はすべてライオンズ基金に寄付されるので、その後でその魚の競り市(オークション)が町の広場で行わます。
私は市が始まると聞くと待っていましたとばかりに勇んで出かけます。目指すはブリの大物(正式にはヒラマサです)。ニュージーランドでは75センチ以下のブリは禁漁なので、競りに出されるブリはみんな1メートル級です。今年も私は目を皿のようにして自分の欲しいぶりに目星をつけました。続きを読む
2月19日から日本に来ています。
東京で私がいつもお世話になるのは西多摩郡にある親戚の家です。 そこは77歳になる和子さんの家で、和子さんのご主人は18年前に他界され、2人の子供たちもすでに独立しているので、和子さんはいつも大きなお家に一人で暮らしています。 私は毎回、日本に来ると88歳の父と和子さんの家へ泊まりに行きます。父は普段は弟の家族と暮らしているのですが、私は残り少ない父との時間を大切にしたいと思い、和子さんの家にお世話になります。というのはそこには父と私にとっては心地よくて懐かしい昔の日本の生活があるからです。
和子さんの家の周りには70代、80代の人たちが結構住んでいて、そこには助け合いのコミュニティーができています。 和子さんの家の前庭には広い空地が広がっていますが、そこでは2件隣りの家のご主人が有機野菜の栽培をしています。和子さんは土地を使わせてあげるので、季節ごとに取れる野菜は好きな時に好きなだけとって食べていいことになっています。ですから私も滞在中は採り立ての季節の野菜を存分に味わわせていただきます。続きを読む
こんにちは、エバコナのカース敦子です。今日はまた私の経験したニュージーランドの教育についてお話したいと思います。
以前書きましたが、私は小学校6年生の途中で日本からニュージーランドにやって来て、こちらの公立学校に転入しました。その後、中学、高校、大学までニュージーランドで卒業しています。私にとってこちらの学校生活は日本での学校生活とは大きく違うものでした。
日本で小学生だった当時は、私はスポーツも勉強も苦手で、性格もシャイでのんびりマイペースだったため、静かで目立たない全然パッとしない子供でした(笑)。そのためか、特に小学校低学年の時は暴力や脅し等を含むかなり激しいイジメに合いました。その後は学校ではなるべく目立たないようにしてイジメから身を守って過ごしていました。続きを読む